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とっておきの宅配便 電話

これからお伝えする二題の(電話)は今日(こんにち)の携帯電話が普及する直前のみどりの公衆電話全盛の頃の良き時代のお話しになります。
たしかに、このあたりと自信をもって、とりついたところが、案に反して苦戦を強いられることになった。
ここは新興住宅地とは、いかないまでも、新旧の住宅が入り組んで立ち並ぶちょっとしたタウンである。
一丁目の角を曲がったところに薬店がある。
その薬店は、店の前に車が一台やっと停れるほどの空地の端にタバコ売場が道路に突き出るようにくっついて、それは古い造りの店構えになっている。
みどりの公衆電話がタバコの陳列ケースの上に見える。サンバートライを店の出入の邪魔にならないように、隣家の壁のところまでもっていって停める。
「すいません、電話おかりします。」
小さなガラスの窓ごしに店内へ声をかけたが、どうやら店の主は、気がつかない風である。
電話はすぐつながった。タバコの売場を避けるために、カールコードを店から横手方向へ延ばせるだけ延ばす。
「もしもし毎度ありがとうございます。」
「こちら宅配便でございます。」
「モシモシこれはこれはごくろう様でございますのー。タクハイビン、アーどちらのタッキュービンでしょうかのー。モシモシ、ああ宅配便ああ、ああ、うちにのー。」
「恐れ入りますが、松村正市さまのお宅でございましょうか。」
「モシ、モシ、ああ、ああマツムラああ、ショウイチ、はいはい、ワシでありますがのー。」
「東京の河村重治様からお荷物をお預り致しております。お届けしたいと思いますが。」
「モシ、モシ東京、だれじゃろうか、モシモシ、すまんがのー、ちょっとまってくれまいに、今店にお客さんが来ちょるでのー。」
「もしもしお忙しいところすいません。どうぞどうぞ。」
カールコードの帰るにまかせて公衆電話に十円玉を送り込む。
受話器は耳に当てたまま、もう一度地図の開いたところを目で追ってみる。
もう何度チェックしたことであろうか、すぐに見つけることが出来ると軽くふんでいただけに、公衆電話のお世話になったことが、なんとなくくやしい。その時である。
コツコツ、ガラスの二枚戸を内側からノックしている。
店番のおじいさんは、ドリンクのショーケースや洗剤が並び、はでなポスターが垂れ下がっている、薄暗い店のほうへむかって正座した。
それが今、丸い頭、丸い目、丸顔のその丸い部分だけを、こちらにねじまげてニコッーと笑ったのである。
なんとなく銭湯の番台を思い出す。
「なに差し上げましょうかのー。」
目の前のガラス戸がキシキシ音を出して少し開いた。
さきほど電話の最中に、なんとなく目が合い、ちょっとエシャクをした、それをタバコの客とでも勘違いしたに違いない。
鉄の意志で禁煙を誓っている常五郎三世に、タバコは無縁である。
「すいませんお邪魔してます。そのガム下さい。」
そのはずみである。目の前のガムを買ってしまった。
それも手にしてよく見ると入歯専用、クッツカナイガムとなっているではないか、十年早い。
「ありがと、さん。」
同じ姿勢は崩さず、カウンターの硬貨を受けとり、よく通る、ナニワ節のような声を残して、ガラス戸がしまった。ぼんやり入歯用のガムを見ていたら耳の奥で声がした。
「モシ、モシ、おまたせしましたのー。」
「もし、もし、どうもすいません。松村様のお荷物をお届けしようと思いまして、ハイハイ、お宅が分からなくて、モシ、モシ中央線から、ハイ、ハイモシ、モシ一丁目のどのあたり、ハイハイ、そのあたりよく存じております。はい角のモシ、モシ、・・・モシ、モシ・・・モシ、モシ、・・・」
電話のカールコードの戻るにまかせて、正面ガラスのカウンターへ体を寄せる。
 長い顔の細い目がより細くなって二枚のガラス戸に映る。それを丸い顔の丸い目がよりまんまるくなって、ガラス戸の内側からこちらをしっかりとらえた。
 「モシ、モシ、そりゃあ、うちじゃがのーあんた。」
丸い目は、細い目をしっかりととらえてはなさず、電話口で言った。あのナニワ節である。
 「モシ、モシ、あのー、あのー。」
次の言葉が出ない。細い目の前に丸い目がまだある。
 「モシ、モシ、あんたの前にいるがのー。」
あいている方の手をつき出して、おいでおいでをするように上下に振っている。
 「モシ、モシ、そうエビス薬店が松村正一じゃあ、わしじゃあ、わしじゃあ。」
恐怖のあまり逃げられては一大事とでも思ったのか、こんどは自分を指している。
ひときわナニワ節が大きくなった。
 次に正座をくずして腰を浮かせるような行動に出た。
 「もし、もし、失礼しました。エビス薬店様、只今お宅のお店の前に居ります、すぐお届けします。ありがとうございました。」
受話器を握ったままでガラス越しに頭を下げた。これは考えてみるに、習慣とはいえこの際とっても不適当な言動であったような気がする。
 しかし(モシ、モシ、)はまだ続いていたのである。
目と鼻の、いや目と目の間で。
 「モシ、モシ、ほんに遠いところご苦労さまじゃったのー。気をつけておいでんさんせ、ありがとさん。」
松村正一さんが受話器を耳にあてたまま、丸い顔をこちらにひねって腰を前に折った。

とても、とてもご丁寧にである。

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